(記事:地域おこし協力隊 野本由美)

私は田植えを1度も経験したことがありません。
せっかく日本有数の米どころである奥出雲町に来たので体験したいと思っていたら、お誘いを受けたのでさっそく行ってきました。
正真正銘「仁多米」の水田です。

「ババ引き」ってなに?

 水の張ってある田んぼに入り、稲の苗を手で植えていきます。
 
これだけ聞くと簡単そうですが、そこへ至るまでには、土づくりから田起こし、水張りまで多くの仕事があるそうです。
 
なかでも、なかなかに難儀だとウワサなのが「ババ引き」。

▲「ババ」という農器具

▲ババで水田に線を引いていく

 

「ババ」とは巨大な櫛のような道具で、水田の中におろし、上の部分を持って歩きながら、直接、田んぼに線を引くことのできるものです。
 
名称の由来は不明で誰に聞いても分からないと言います。
「幅」を決めるためのものなので、「ハバ」から転じて「ババ」かなと思ったのですがいかがでしょう?

きれいな正方形の模様を田んぼ一面に引くところから田植えが始まります。
 
なぜこの作業が必要なのかと言うと、稲の苗を植える位置を決めるためです。
線の交わる部分にモミから成長させた苗を植えていきます。

▲この日植えたコシヒカリの苗

 

ババ引きも終わったので、いよいよ水田に入って田植えのスタートです。

水田に苗を植える方法

田靴(たぐつ)と呼ばれるピチピチのゴム長靴を履いて、私も田んぼに入ってみました。
昔は、素足のまま水田に入っていたとか。

田靴は足にフィットするので、ぬかるんだ土から足を抜くときでも脱げにくく、田んぼでの作業にピッタリです。
足先から泥の中に入り、土中に足を踏ん張り苗を植えたら、今度はなるべく負荷がかからないようつま先を伸ばして抜いていきます。
そうして一歩一歩、前に進みながら苗を植えていくのです。
慣れないとなかなか難しく、一緒に田植え体験した何人かは足を取られ尻もちをつき、ドロドロになってしまっていました。

▲ババ引きの交差点に植えられた3~5本の苗

▲この3列は私が植えたところ

 

適当な大きさに切り取った苗のかたまりを片手に持ち、もう片方の手で3~5本の苗をより分けます。
慣れると目で見て数を確認せずとも、指先の感覚だけで3~5本の苗をより分けられるようになるそうです。

それを親指、人差し指、中指の3本で持ち、真上からスッと刺すようにして3~5センチほど土の中に植え込みます。
苗が倒れてしまわないよう、なるべくまっすぐ。
これがなかなか難しい 。

また、田んぼの真ん中で持っていた苗がなくなると、「つかないご」と呼ばれる人が苗のかたまりを投げ入れてくれます。
水田の外にいて、田植えをしている人のサポートをするような人です。
上手な「つかないご」は的確な位置に苗を放ってくれるので、田植え仕事には欠かせないとか。

総勢30人ぐらいだったでしょうか。
この日の田植え体験は2時間ほどで終わりました。

田んぼに入れるクルマ「田車」

こうして植えられた苗は3日ほどで新しい根が出て田んぼに定着します。

そして、1週間~10日ほどで新しい茎が出て、さらに1週間ほど経つとそこからさらに新しい茎が出てきます。
 最終的に1株から20本ぐらい茎が出ると、良い塩梅で稲穂が育ち、美味しいお米になるのだそうです。 

さて、ババを引いて交差点にていねいに植えるのには、たんにキレイに整列させたいだけでなく別の理由があります。

▲水田に入れて使う「田車」。ちなみに右上の人が履いているのが「田靴」

それは、「田車(たぐるま)」と呼ばれる農器具を使うためです。 

水田に苗を植えると、稲だけでなく雑草もスクスク成長します。
その成長を止めるため、田植えから10日ほどするとこの田車を水田に入れて稲の間に入れていくのだそうです。

また、田車を入れて稲と稲との間を走らせることで、土中に発生したガスを抜くこともできます。
ガスをそのままにしておくと稲の成長に悪影響を及ぼすため、ていねいに田車を引いていく必要があります。

ババの幅と田車のミゾの幅は同じにしてあるので、稲の位置が狂うと田車をうまく操作することができません。 
あとからの作業も考えて、苗は正確な位置に植えないといけないのです。

1回目の田車入れは田植えから10日ほどで行い、その後、苗が成長するまで2、3回は必要だとか。
苗の間隔が正確でないと、そのたびに難儀することになります。

田植えにまつわるすべての作業は、後々のことを考えてのことだということがよく分かりました。

▲お隣の田んぼ。あきらかに見た目が違う

お隣の田んぼに改めて目をやってみると、機械で植えたことが分かります。
整列しているし、苗の株と株との間隔もせまい!
こうしたほうが1枚の水田により多くの苗を植えられます。
そのため、田植え機で植えたほうが効率が良いだけでなく米の収穫量も多くなるのだそうです。

それでも、奥出雲に残る歴史的な棚田は小さかったり、カタチが四角くなかったり、はたまた田植え機を運べないような場所にあったり、すべての仁多米の水田に活用できるわけではありません。

多くの手間を惜しむことなく大切に育てられた稲だからこそ、美味しい仁多米が収穫されるのです。 

田植えのあとのお楽しみ

田植えのあとのお楽しみと言えば、みんなでいただく昼食です!
メインはもちろん仁多米おにぎり。

▲ツヤツヤピカピカ真っ白な塩むすび。 海苔すら不要

 

冷めても美味しい仁多米は、おにぎりで食べるのもオススメです。
お米そのものが美味しいので、シンプルな塩むすびがもっともお米の味を堪能できる食べ方と思います。

▲ひと粒ひと粒がしっかり水分を含んでいるのが分かります

▲塩むすびのお供たち

 

具だくさん豚汁、焼き魚、お漬物……お米が美味しいので、これぐらいシンプルなお供が似合います。

昔の人たちの田植えは隣近所で協力してするものだったと、田植えを指導して下さった農家の方が教えてくれました。

朝7時から夕方6時頃まで1日中です。
午前中、お昼、3時ごろと何回か休憩があり、最後、夕方4時ごろの休憩ではお酒も振る舞われたとか。
田植えの最中はみんなで歌を歌ったり、その拍子に合わせて苗を植えて行ったり。

ここから秋の収穫まで、1日も休むことのできない忍耐の必要な農作業がつづきます。
豊作への願いを込めて行う田植えは、昔の人にとっては、ある種の祝祭だったのかもしれないな、と思いました。